2009年2月27日金曜日

パヴェーゼ 土と死 花野秀男訳[*全篇、工事中]

パヴェーゼ 土と死 花野秀男訳[*全篇、工事中]

土と死

「赤い土、黒い土」

赤い土、黒い土、
きみは海からやって来た、
焼けた緑の原から、
そこにあるのは太古の
言葉と血のしたたる労苦と
砂利の間にゼラニウムと――
きみは知らない、どれほどの言葉と
労苦をきみが海から持ってきたかを、
きみは思い出にも似て、
裸の野にも似て豊かだ、
きみは固くこの上なく甘美だ
言葉よ、太古から幾世代の血を経て
眸に凝縮している。
若い女よ、果物にも似て
思い出と季節そのものだ――
きみの吐息が真夏の
空の下に憩う、
きみの眼差しのオリーヴ
の実が海を甘くする、
そしてきみは生き、また生きる
唖然とすることなく、土にも似て
確信して、土にも似て
黒ぐろと、数多の季節と
夢の油搾り機よ
月影にこの上なく太古の
姿を晒している、
きみの母親の両手、
火鉢の窪みにも似て。



「きみは土みたいだ」

きみは土みたいだ
誰も決して言わなかったが。
きみは何も待ってはいない
枝枝の間の果実みたいに
深みから迸りでる
言葉のほかには。
きみに届く一陣の風がある。
乾いたよれよれの事物が
きみの場所を塞ぎ、風に散ってゆく。
四肢と太古の言葉たちよ。
きみは真夏に震えている。



「きみもまた丘だ」

きみもまた丘だ
そして砂利の小径
そして葦原の中の戯れだ、
そしてきみは知っている
夜中に黙するぶどう畑を。
きみは言葉を言わない。

黙する土がある
そしてそれはきみの土ではない。
草木と丘の上に
続く沈黙がある。
水の流れと田舎がある。
きみは譲ることのない
閉じた沈黙だ、きみは唇
そして真っ暗な眸だ。きみこそぶどう畑だ。

それは待っている土だ
そして言葉を言わない。
焼けつくような空の下
日々が過ぎ去った。
きみは雲たちに戯れた。
それは悪い土だ――
きみの額がそのことを知っている。
それもまたぶどう畑なのだと。

きみはまた見つけるだろう、雲たちと
葦原と、声声とを
月影にも似て。
きみはまた見つけるだろう、言葉たちを
短い生命と戯れの
ノクターンのかなたに、
燃える幼年時代のかなたに。
黙することは甘美だろう。
きみは土、そしてぶどう畑だ。
燃える沈黙が
田舎を焼きつくすことだろう
夕暮れのかがり火にも似て。



「きみは彫られた石の顔」

きみは彫られた石の顔、
固い土の血よ、
きみは海からやってきた。
あらゆる事物がきみによって受入れられ
仔細に探られ撥ねつけられる
まるで海みたいに。きみの心の中には
沈黙、呑込んだ言葉たち
だけがある。きみは真っ暗闇だ。
きみにとって夜明けは沈黙にほかならない。

そしてきみは土の声声
みたいだ――井戸の中へ
落ちた釣瓶の立てる水音、
炎の歌、
林檎の落ちる鈍い音。
敷居ぎわで沈む
諦めの言葉たち、
赤ん坊の泣声――物事は
決して通り過ぎない。
きみは変らない。きみは真っ暗闇だ。

きみは閉じた酒倉だ、
土を踏み固めた土間に、
昔入り込んだ
幼い少年は裸足だった、
そしていつもそのことを思い返す。
きみは真っ暗な部屋だ
いつもそのことを思い返す、
古代の中庭にも似て
そこに夜明けが咲いたのだ。



「きみは知るまい丘丘を」

きみは知るまい丘丘を
そこに血が撒き散らされたのだ。
ぼくらは誰もかもが逃げた
ぼくらは誰もかもが武器と
名を捨てた。一人の女が
逃げるぼくらを眺めていた。
ぼくらの中でたった一人の男だけが
拳を握りしめて踏み止まり、
虚ろな空を見、
顎を引いて黙って
銃殺の壁の下に死んだ。
いまは血に塗れた一片の布切れと
彼の名前だけが残っている。一人の女が
丘丘の上でぼくらを待っている。



「塩と土の匂いがする」

塩と土の匂いがする
きみの眼差し。ある日
きみは海を搾った。
きみの傍らには草木が
あった、暖かくて、
まだきみの匂いがする。
竜舌蘭と夾竹桃。
何もかもきみは眸に閉じ込めている。
塩と土の匂いがする
きみの静脈、きみの吐息よ。

熱風の涎よ、
土用の木陰よ――
何もかもきみはきみの中に閉じ込めている。
きみは田舎の嗄れ
声、隠れた
鶉の鳴き声、
小石の温もりだ。
田舎は労苦、
田舎は苦しみだ。
夜の訪れとともに百姓の
勲は黙する。
きみこそ大いなる労苦、
そして満腹させる夜だ。

岩と草にも似て、
土みたいに、きみは閉じている。
きみは海みたいにぶち当たる。
きみを所有するか
止められるような
言葉は無い。土が
衝突して生命を成すように
愛撫する吐息よ、
沈黙を掴め。
きみは暗礁の果実にも似て、
海みたいに焼けている、
そしてきみは言葉を言わない
だから誰もきみに話しかけない。



「いつも海からきみはやってくる」

いつも海からきみはやってくる
そして潮で嗄れた声をして、
いつも茨の間に湧きでた
水の秘めた眸で、
そして俯いて、まるで雲の垂れこめる
低い空みたいだ。
いつでもきみは生き返る
まるで太古の事物
そして野性にも似て、心は
疾うに知っていて閉じるのだから。

いつでもそれは一つの引毟り、
いつでもそれは死だ。
ぼくらはいつも戦った。
突撃を決意した者は
死を味わい
そしてそれを血の中に持ってゆく。
好敵手みたいに
もう憎み合わずに
ぼくらは同じ
声、同じ痛みを持って
そして貧しい空の下
真っ向から当ってぼくらは生きてゆく。
ぼくらの間には伏兵はなく、
無用の事物はない――
ぼくらはいつも戦うことだろう。

ぼくらはまだ戦うことだろう、
ぼくらはいつも戦うことだろう、
なぜならぼくらは側面掩護を受けて
死の眠りを探すからだし、
それにぼくらの声は嗄れて
野性の額を伏せながら
まったく同じ空の下にいるからだ。
まさにこのためにこそぼくらは生まれたのだ。
もしきみかぼくが突撃に屈するなら、
長い夜が続くことだろう
それは平和でも休戦でもなくて
しかも真の死でさえないだろう。
きみはもうきみではない。腕たちが
空しく打ち合うだけのことだ。

ぼくらの心臓が鼓動をうち続けるかぎり。
彼らはきみの一つの名前を言った。
死がまた始まる。
知られざる野性の者よ
海からきみはまた生れたのだ。



「そしてそのときぼくら卑怯者は」

そしてそのときぼくら卑怯者は
夕べにひそひそ話しながら
家々を、川に臨む小径を、
あの土地あの場所の赤い
汚れた灯火を、和らげられ
黙って見過された苦しみを
愛していたぼくらは――
生きている絆から両手を
ぼくらは捥ぎ放し
そして沈黙した、けれども心は
流された血に慄き、
そしてもう優しさはなく、
川に臨む小径に
もう身を委ねることはなかった――
もう役に立たない、ぼくらは知っていた
独りで生きてゆくすべを。



「きみは土、そして死だ」

きみは土、そして死だ。
きみの季節は暗闇
そして沈黙だ。きみよりも
夜明けから遠い昔の
事物など生きていない。

きみが目覚めたと見えるとき
きみはただ苦しみばかりだ、
眸にも血の中にも漲るそれ
なのにきみは感じない。礫が
生きているみたいに、固い土
みたいにきみは生きている。
そして夢がきみに纏わせる
しゃくり泣きの動き
だけどきみはそのことを知らない。苦しみは
湖水の水面にも似て
恐れ戦いてきみをとり巻く。
水面にはいくつもの円が描かれる。
きみはそれらが消えてゆくに任せる。
きみは土、そして死だ。



T.に寄せる二つの詩

ある朝、湖畔の
草木がきみを見た。
礫と牝山羊と汗とは
湖の水面にも似て、
日日の外にある。
苦しみと日日の混乱が
湖水を引掻くことはない。
どの朝も通りすぎ、
どの苦悩も通りすぎるだろう、
別の礫と汗とが
きみの血を腐蝕させることだろう
――いつまでもこうとは限るまい。
きみは何かを見つけることだろう。
混乱の彼方から、朝が
戻ってきて、湖上に
きみは独り立つだろう。


きみもまた愛だ。
他の人のようにきみは
血と土とから生る。きみは歩く
家の戸から離れたことの
ない人みたいに。
待ちながら見ない人みたいに
きみは見つめる。きみは土だ
苦しんで黙する土だ。
きみはいくども飛びあがり疲労を溜める、
きみには口を衝く言葉があり――待ちながら
きみは歩く。愛は
きみの血そのものだ――他の物ではない。

              [*全篇、工事中]

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