2009年2月27日金曜日

パヴェーゼ 死が来てきみの眼を盗るだろう 花野秀男訳[*全篇、工事中]

パヴェーゼ 死が来てきみの眼を盗るだろう 花野秀男訳[*全篇、工事中]


死が来てきみの眼を盗るだろう


C.からC.へ

きみ、
凍った雪原の上の
まだらの微笑みよ――
三月の風よ、
雪の上に躍りでた
大枝たちのバレエよ、
呻き白熱する
きみのちっちゃな「オゥたち」――
真っ白い四肢の牝鹿、
優美そのものよ、
ぼくは知ることができるかしら
いまからでも
きみの幸せなすべての日日の
滑るような優美さを、
きみのあらゆる仕草の
泡みたいなレース模様を――
明日の朝は凍っている
下の平野では――
きみ、まだらの微笑みよ、
きみ、白熱する笑いよ。



朝きみはいつも戻ってくる

夜明けの隙間が
きみの口から洩れる
虚ろな街の奥で。
きみの眸の灰色の光、
黒ぐろとした丘丘の上の
夜明けの甘い露よ。
きみの一歩ときみの吐息が
夜明けの風にも似て
家家を沈める。
町は身震いし、
敷石が臭う――
きみは生命、目ざめだ。

夜明けの光の中に
さ迷う星よ、
そよ風の軋る音、
肌のぬくもり、吐息よ――
夜は終った。

きみは光、そして朝だ。



「きみには血が流れ、吐息がある」

きみには血が流れ、吐息がある。
きみもまた肉と
髪と眼差しと
から生る。大地と草木と、
三月の空と、光が、
震えてきみに似ている――
きみの笑いときみの一歩とは
撥ねあがる水面にも似て――
眸の間のきみの皺は
集った雲たちみたいだ――
きみの柔かな身体
日向の土くれよ。

きみには血が流れ、吐息がある。
きみはこの大地の上に生きている。
この土地の味わいと
季節と目ざめとをきみは識っているし、
きみは日向で遊んで、
ぼくらと話をしたのだ。
澄んだ水、春の
若枝、土よ。
発芽するばかりの沈黙よ、
異なる空の下で
幼い女の子のきみは遊んだ、
きみの眸の中にいまも宿る戯れ、
沈黙と、雲とが、深みから
泉にも似て湧きだしてくる。
いまこの沈黙の上で
きみは笑い撥ねあがる。
晴れわたった空の下で
きみが生きる甘い果実よ、
このぼくらの季節を
きみが呼吸し生きている、
きみの閉じた沈黙の中にこそ
きみの力がある。青青した
草地にも似て大気の中
きみは身震いして笑う、
でもきみは、きみは土だ。
きみは荒荒しい根っこだ。
きみは待っている土だ。



「死が来てきみの眼を盗るだろう」

死が来てきみの眼を盗るだろう――
朝から晩までぼくらにつき纏い
不眠で、聾のこの死は、
年古りた後悔にも
不条理の悪癖にも似るか。きみの眼は
空しい言葉、
黙した叫び、沈黙となるだろう。
そうして朝ごとにきみが独り
鏡の中を覗きこむとき
虚ろな眼窩をきみは見る。ああ、愛しい希望よ、
その日こそぼくらも思い知るだろう
きみは生命、そして無だと。

誰もかもに死は眼差しを向ける。
死が来てきみの眼を盗るだろう。
死は悪癖を絶つにも似るか、
鏡の中に死顔がまた浮び
あがるのを見るにも似るか、
閉じた唇に耳を傾けるにも似るか。
唖の淵にぼくらは下りてゆくだろう。



きみ、三月の風よ

きみは生命、そして死だ。
きみは三月に
裸の大地にやって来た――
きみの戦きはいまも続く。
春の血潮よ
――アネモネか、雲か――
きみの軽やかな一歩が
大地を犯したのだ。
苦しみがまた始まる。

きみの軽やかな一歩が
苦しみをまた開いた。
貧しい空の下
大地は冷たく、
冬眠中の夢の中に
不動で閉ざされていた
もう二度と苦しまぬ者にも似て。
厳寒さえも甘美だった
深みにある心臓の中では。
生命と死の間で
希望は黙していたのだ。

いまは生きとし生けるものが
声と血潮を持っている。
いまは大地と空は
強く戦き、
希望が天地を捩り、
天地を朝がひっくり返し、
天地をきみの一歩が、
きみの黎明の吐息が沈める。
春の血潮よ、
全大地が太古の
おののきに震える。

きみは苦しみをまた開いた。
きみは生命、そして死だ。
裸の大地の上を
ツバメか雲にも似て
きみは軽やかに通りこし、
すると心臓の奔流が
また甦って堰を切って流れこみ
空に影を映して
また事物の影を映しだす――
そして事物は、空と心臓の中で
苦しみ身を捩る
きみを待ちながら。
それは朝だ、黎明だ、
春の血潮よ、
きみは大地を犯したのだ。

希望が身を捩り、
きみを待ってきみを呼ぶ。
きみは生命、そして死だ。
きみの一歩は軽やかだ。



スペイン広場をぼくは通るだろう

空は晴れわたるだろう。
松と石の丘丘の上に
どの道も開くだろう。
路上の喧騒は
あの不動の大気を変えはすまい。
噴水に色とりどりに
撒きかけられた花花が
愉しむ女たちみたいに
色目を使うだろう。階段や
ルーフガーデンや燕たちが
日向に歌うだろう。
あの道が開いて、
どの石も歌うだろう、
噴水の水みたいに撥ねながら
心臓が鼓動するだろう――
これこそきみの階段を昇る声だろう。
どの窓も石と早朝の
大気の匂いがするだろう。
とある扉が開くだろう。
路上の喧騒は
錯乱した光の中で
心臓の動悸となるだろう。

きみがいるだろう――不動で清らかに。



「どの朝も清らかに無人のまま」

どの朝も清らかに無人のまま
通ってゆく。こうしてきみの目は
かつて開いた。朝は
ゆっくりと流れ去った、不動の
光の淵だった。黙っていた。
きみは生き生きと黙っていた。事物は
きみの目の下で生きていた。
(苦しみでなく熱でなく影でなく)
朝方の海にも似て、清らかに。

きみのいるところが、光よ、朝なのだ。
きみは生命、そして事物だった。
きみの中できみは目覚めてまだぼくらの中に
ある空の下でぼくらは息をした。
あのころ苦しみでなく熱でなく、
犇きあう異なる昼間の重くるしい
この影ではなく。ああ、光よ、
遙かな明るさ、弾む
呼吸よ、ぼくらの上に
不動の明るい目を向けておくれ。
きみの目の光なしに
通る朝は暗闇だ。



きみが眠った夜

夜もまたきみに似ている、
心の深みで、黙って
泣く遠い昔の夜は。
そして星星は疲れて通りすぎてゆく。
頬が頬に触れる―
それは冷たい慄きだ、誰かが
もがいてきみの熱の中で、きみの中に
迷って、独り、きみに切願する。

夜は苦しんで夜明けを熱望する、
撥ねあがる哀れな心よ。
ああ、閉じこもった顔、真っ暗な苦悩、
星屑を悲しませる熱よ、
黙ってきみの顔をまさぐりながら
きみみたいに夜明けを待つ者がいる。
閉じた死んだ地平線にも似て
きみは夜の下に横たわっている。
撥ねあがる哀れな心よ、
遠い遙かな日にきみは夜明けだった。



猫たちが知るだろう

きみの甘い鋪道の上に
なおも雨が降るだろう、
軽やかな雨は
吐息か一歩か。
きみがまた入るとき
きみの一歩の下みたいに、
なおもそよ風と夜明けが
軽やかに花咲くだろう。
花花と窓じきいの間で
猫たちがそれを知るだろう。

別の日々があるだろう、
別の声声があるだろう。
きみは独り微笑むだろう。
猫たちがそれを知るだろう。
きみは太古の言葉を聞くだろう、
疲れて空しい言葉たちは
昨日の祭りで
着終えた晴れ着にも似るか。

きみもまた仕草をするだろう。
言葉を答えるだろう―
春の顔よ、
きみもまた仕草をするだろう。

猫たちがそれを知るだろう。
春の顔よ。
そして軽やかな雨よ、
ヒヤシンス色の夜明けよ、
もうきみに望みをかけぬ者の
心臓をひき裂く、
きみが独り微笑む
悲しい微笑みよ。
別の日々があるだろう、
別の声声と目ざめとが。
夜明けにぼくらは苦しむだろう、
春の顔よ。



いつか読まるべき、ラストブルース

ほんの気まぐれだった
きみはしっかり分っていた―
遠い昔に
誰かが傷ついた。

何もかも同じこと
時は流れ去った―
いつかきみは来て
いつかきみは死ぬ。

遠い昔に
誰かが死んだ―
試みはしたのに
分らなかった誰かが。


                           [*全篇、工事中]

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